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大和武尊 5

政治的指導は父である景行天皇があたり、宗教的指導は天照大神様が中心となって、叔母である倭媛がその心を伝える役を担った。軍事的には日本武尊が天皇の委託を受け、大和の国是の一つである発展を担うことになった。ここに尊の悲しみと苦しみがその生涯を彩ることになった。
発展はその相手にとっては衰退であり、侵略と思われる。相手を軍事力で屈服させるのではなく、互いに発展するにはどうしたらいいのか考え続けた。
妻である弟橘媛が航海の安全のため、身をもって尊を救った時を境にその前後で尊の心境がまったく正反対に変わってしまった。力に物を言わせるのをやめ、互いの心を信じいかに相手と理解しあえるかを探ろうとした。盾と鉾の例えのように、力で屈服させたものはいずれ力で屈服させられる。その証として伊吹に向かう尊は、軍事的力の象徴としての御剣を宮簀媛のもとに残したまま旅立ってしまう。
伊吹の神々との争いは、結果として尊が病に倒れ亡くなることで終わる。その争いにおいて相手を屈服させるのではなく、神としての愛のすばらしさ、すなわち感化力を武器として挑んだ。ここに和の精神の最高の高みがこの国を輝かせることになった。尊は自らの命と引き替えにこの国是を大和に定着させた。
尊の生涯を彩る悲しみは、国の主たる原理である天照大神様が説かれた和を、もう一度この国を中心に据えるための苦しみであり悲しみであった。
この和の精神は、その後聖徳太子の十七条の憲法の第1条「和をもって尊しとなす」によりいっそう強固なものとして結実する。この精神はこの後も長く国の中心理念として日本を導き、現代の争いを好まない、調和を重んずる国民性へと連綿と続いていく。
この出発点に軍事的英雄が、その軍事力を封印して国を指導しようとした事実があった。

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